「鏡」

久々に実家に帰った。子ども3人と私だけ・・・・
年老いた両親二人暮しだから、もっと頻繁にいってあげたいのだけれど中々・・・・。
車で4時間、電車で乗りつぎしていくと5時間くらいかかる。

身体は今のところどちらも元気だが、母のボケは進んできている。
一緒にいて面倒を見ている父はストレスで参ってしまっている。
でも、昔から人には迷惑をかけないように生きている人なので、子どもの私にすら弱音を中々吐かない。
最近は母の言動を聞いていると吐き気が起こってくるらしい。
真に受けなければいいのだが、30年くらい前の話が急に頭の中によみがえり、色々な話が繋がって一つになり父に文句をつける。
父と子どもたちがでかけている間、母が私に愚痴をこぼした。
昔抱いていた父へのやきもちというか、不満のような物。
それが現在あたかもあるかのごとく、私に言う。
女性としたら浮気ではないにしろ、自分が精一杯つくしてきた相手が、別の女性に親切にしたことを快くは思わない。
その当初は子どもの私たちには何も言わず、一人で我慢していたらしい。
ただ、その時の思いは消えないのだろう。
年老いてもやはり女性なんだなと思う。
私:「わかるよ、腹が立つのはわかるよ。男ってしょうがないね・・・・。でも、お父ちゃんにそれを言っちゃダメだよ。一生懸命働いてくれたのも事実なんだから・・・。」
母:「わかっているよ、でも腹が立つんだよ。まあhime子に言ったって事は、お父ちゃんには内緒だけれどね。」
母の女心は、女の私に理解されたことで少しは気が晴れたらしい。でも、また忘れちゃうんだろうな・・。

ただ、日頃面倒みている父にしてみればたまったものではない。
父だって同年代の人からすれば元気な方だが、もうすぐ80才に手がとどきそうな年だ。
毎日毎日ボケた妻に振り回されているのだから。

長女が東照宮をみたいというので、父が私たちを連れて行くことになった。
父はこの地区で生まれた。
東照宮で偶然同級生にあった<父
同窓生の中の役員をここ何年か引き受けていた。それももう終わりらしい。
そのご褒美で京都旅行に役員で行くことになっているらしいが、母がこんな状態の為に諦めていると言った。私は「いつの予定なの?」と聞いて・・・・
「それなら私が来てあげるから行っておいでよ」と言った。
父は片手で顔を抑え、私から顔をそらした。涙が溢れてくるのを我慢できなかったらしい。
人に甘えることを知らない父・・・・・・。
娘の優しさがうれしかったのと、毎日の苦労から解き放たれるうれしさとでこらえきれなかった涙。
私が優しさをもてると言うことは、その私を育てたあなたたちが優しかったからですよ。
だから頑張りすぎないで、少しでも楽しみをもってください<両親
私はあなたたちの鏡です。
ただ残念なことに、私も人に甘えるのは得意ではないのです・・・。
頑張りすぎるのがたまに傷かな?
でもね、私があなたたちと違うところは、娘たちだけには甘えられるんですよ。
とてもいい子たち、優しくて思いやりのある人間味のある子達ですよ。
この子達がそんな風に育ってくれているということは、子どもたちの目に私がそう映っているのでしょうか?

父の案内であちこち見せてもらった。私は小学生の時には日光市にすんでいたので、これといって珍しくはないが、大人になって行ってみるとそれはそれでいいものだ。
十二支の守り神というものがあって、それが何か覚えておくといいと説明の人が言っていた。
それぞれ自分の干支の仏様の所に行ってお願いごとをしたが、その建物からでてくると三女が次女に何やら言っている。

三女:「なんでTちゃん午年の所にいたのよ?あれは私の干支だよ?あんたは丑でしょう?」
次女:「えーーーーっ!、、、もしかして間違えてお願いしてた???」

やはり次女だ。。。。。午と牛の字が似ていた為に間違えたらしい。まちがえられた仏様はどう思ったのだろう(笑)
次女のお陰で楽しい帰省になった。

3人娘が小さい頃、子育てをほとんど一人でやって、苦しくて苦しくて嫌だと思った頃もあった。
他の人に「女の子は大きくなっていいわよ。今は大変でも大人になったらきっといいから・・・」そう言われて、「そんな先のことより今楽になりたい。。。。。」そう思いながら子育てをしていたっけ。
あの時そう声をかけてくれた人に言いたい。
「本当にそうでしたよ♪」ってね☆